大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)253号 判決 1969年10月16日
原告 株式会社兵庫相互銀行
右訴訟代理人弁護士 中村友一
被告 日魯漁業株式会社
右訴訟代理人弁護士 田辺恒貞
同 高氏佶
被告 株式会社吉田工務店
右訴訟代理人弁護士 岡田義雄
右訴訟復代理人弁護士 北村義二
主文
一、被告株式会社吉田工務店は原告に対し金一、五〇〇万円とこれに対する昭和四二年四月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告日魯漁業株式会社に対する第一次的請求を棄却する。
三、原告の被告日魯漁業株式会社に対する予備的請求につき、
(一) 同被告会社は原告に対し金一、五〇〇万円とこれに対する昭和四二年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告の同被告会社に対するその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は被告らの負担とする。
五、この判決は、原告勝訴部分に限り(但し、被告日魯漁業株式会社関係部分については、原告において金五〇〇万円の担保を供することを条件として)仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、第一次的に、「被告らは各自、原告に対し金一、五〇〇万円とこれに対する昭和四二年四月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、予備的に、被告日魯漁業株式会社(以下、単に被告日魯という。)に対し「被告日魯は原告に対し金一、五〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一次的請求の原因として、「原告は、振出人を訴外五洋産業株式会社(以下単に訴外五洋産業という。)、金額を金一、九〇〇万円、満期を昭和四二年四月一五日、支払地及び振出地を大阪市、支払場所を株式会社第一銀行堂島支店、振出日を同四一年九月三〇日、受取人を被告日魯とし受取人の白地裏書、ついで被告株式会社吉田工務店(以下単に被告吉田工務店という)から原告への裏書記載のある約束手形一通(以下、単に本件担保手形という。)の所持人であるところ、右振出人訴外五洋産業は昭和四一年一二月一七日当裁判所において破産宣告をうけた。被告日魯および被告吉田工務店は、いずれも支払拒絶証書作成義務を免除して本件手形を裏書したものであるから、原告は裏書人である被告らに対し、右手形金の内金一、五〇〇万円とこれに対する満期の翌日から完済まで手形法所定年六分の利息金の合同支払を求める。」と述べた。<以下省略>。
理由
第一、第一次的請求について。
一、被告吉田工務店に対する関係について<省略>
二、被告日魯に対する関係について。
原告が、その主張するとおりの記載がある本件担保手形を所持していることは甲第一号証の一、二を提出していることならびにその記載内容からみて明らかであるところ、被告日魯は、右手形になされた同被告の裏書を否認するので、この点について判断する。
<証拠>を総合すると、昭和四一年九月三〇日頃当時、営業資金に苦慮していた訴外五洋産業の代表取締役であった訴外木島金吾は、本件担保手形に被告日魯名義の裏書を偽造し、これを担保として被告吉田工務店から、同訴外会社振出の別紙目録記載の本件被担保手形四通額面合計一、九〇〇万円の割引を得ようと考え、かねて知り合いの被告日魯大阪支店総務課長である訴外中村明夫に、右事情を打ち明け、本件担保手形の被告日魯名義の裏書の偽造方を依頼したところ、これを引き受けた訴外中村は、訴外木島よりかねて預り所持していた偽造印顆である「大阪市東区高麗橋五丁目五〇番地日魯漁業株式会社取締役大阪支店長阿部寧夫」と刻したゴム印、同会社大阪支社の角印、及び同支社長の丸印を本件担保手形の第一裏書欄に冒捺し、被裏書人欄白地のままこれを訴外木島に交付し、同訴外人において翌一〇月初旬頃、右被告日魯名義の裏書が真正であるかのように装うて、被告吉田工務店に本件被担保手形の担保として本件担保手形を交付したこと(なお、その頃、被告日魯大阪支社においては小切手の振出は認められていたが、手形の振出及び裏書の権限は認められておらず、従って支払のための手形は一切これを発行せず、売掛金の回収等のため手形を入手した場合にはすべてそのまま被告日魯本社に送付することとなっており、当時総務課長に過ぎなかった訴外中村に手形裏書権限がなかったこと)が認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。
そうすると、被告日魯が裏書人であることを前提として本件担保手形金の内金一、五〇〇万円とこれに対する利息金の支払を求める原告の同被告に対する第一次的請求は、その余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。
第二、被告日魯に対する予備的請求について
一、被告日魯大阪支社の総務課長であった訴外中村明夫が訴外木島金吾と共謀のうえ、本件担保手形の被告日魯名義の裏書を偽造したことは前記認定のとおりであって、<証拠>を考え合わせると、被告吉田工務店より本件担保手形を担保として本件被担保手形の割引依頼をうけた原告は、右担保手形になされた被告日魯の裏書が真正であればこれを割り引くことにし、昭和四一年一〇月一四日頃、原告の係員吉井信善が、被告日魯大阪支社に赴き被告日魯の右裏書の真否の確認を求めたところ、同支社総務課長中村明夫から右裏書が被告日魯のものに間違いない旨の回答を得たので、所携の手形署名者印鑑届書に、所要の印鑑および署名方を求めたところ、会議中なることを理由に明日来るように言われたので、右届書及びこれに押印されたい旨記載した依頼書を預け、翌一五日頃、原告の係員が同所において同支社受付職員より、中村が前示各偽造印鑑を押捺して作成した印鑑届書の交付を受けたが、本件担保手形の裏書欄の印影と右印鑑届の印影とが同一(この点、両者の会社ゴム印同支社および同支社長の印影が同一であることは当事者間に争いがない)であることを確認した原告が、右裏書が被告日魯のものに間違いなく、担保力があると信じたので、同月一七日、割引料金六一二、六四五円を控除した残額一八、三八七、三五五円を割引金として被告吉田工務店に交付したこと、本件被担保手形が各満期日に支払のため順次支払場所に呈示されたがいずれも支払を拒絶されたこと、昭和四二年四月一七日、原告は、被告吉田工務店の原告に対する定期預金債権元利合計金四〇九万円を、右被担保手形の内、別紙目録記載(1)の手形元本金三二五万円と、これに対する日歩二銭三厘の割合による遅延損害金七〇一、〇一二円、及び同(2)の手形元金の内金七五万円計金四、〇七一、〇一二円(この差額一八、九八八円は後記のとおり後に弁済に充当される。)に弁済充当したこと、其の後被告吉田工務店および本件割引につき連帯保証人となった吉田武夫より昭和四三年四月一〇日に金一、六二七、七七七円(この内に前記差額金一八、九八八円を含む)を、同月三〇日に金三〇万円を、同年五月二三日に金七五、〇〇〇円を、同月三一日に金七五、五八三円を、同年七月三日に金二四二、九〇〇円を、同年八月一九日に金一〇、六〇〇円、右合計金二、三三一、八六〇円が原告に弁済され、これらはいずれも本件被担保手形金の残額一、五〇〇万円に対する昭和四三年四月一〇日までの日歩五銭の割合による約定遅延損害金合計金三、二九三、四九〇円に充当されたこと、被告吉田工務店は昭和四二年四月五日倒産して現在支払能力がなく、本件担保手形及び被担保手形の振出人である訴外五洋産業も昭和四一年一二月一七日当裁判所において破産宣告をうけた(このことは当事者間に争いがない。)ところ、現在配当の見通しについては詳らかでなく、本件被担保手形の唯一の担保とされていた本件担保手形についても、裏書人たる被告日魯においてこれが偽造であることを理由としてその支払を拒否しているところであり、従って、原告において、昭和四三年四月一〇日現在において、少なくとも本件被担保手形金残額一、五〇〇万円は回収不能となっており、向後殆んど回収の見込が立たないこと、以上の事実が認められ他にこれを覆えすに足る的確な証拠がない。
右事実によると、原告は前同日現在において、少なくとも本件被担保手形金残額一、五〇〇万円相当の損害を蒙っているといわねばならないところ、右損害は被告日魯の被用者である訴外中村が本件担保手形が本件被担保手形の担保として将来流通におかるべきことを認識しながら偽造し、さらにこれが市中の金融機関である原告によって割引かれることを認識しながら本件裏書が真正である旨を回答したのみならず、更に偽造の印鑑により作成した印鑑届書を原告に交付したことにより、前示のとおり原告を信用させた結果発生したものであるから、同訴外人の行為と原告の被った損害との間には相当因果関係があるといわねばならない。
二、そこで、訴外中村の前示不法行為が民法第七一五条に所謂「事業ノ執行ニツキ」なされたものであるか否かについて検討する。同条に所謂「事業の執行」とは被用者の職務執行行為そのものには該当しないが、その行為の外形から客観的に観察して、あたかも被用者の職務執行の範囲内に属すると見られる場合も包含すると解すべく、単に被用者の主観的意図によってこれを決すべきものではないといわねばならないところ、前示認定事実に、<証拠>を考え合わせると、訴外中村は、昭和三九年一月から昭和四一年一月まで、被告日魯大阪支社の総務課長として、庶務及び経理事務を担当し、同支社印、及び同支社長印を常時保管し、支社長から個別的決裁をうけたうえ、これを使用して同支社名義の小切手を作成して他に交付し、また売掛金の回収等のために他から手形を受領してこれを被告日魯本社に送付し、被告日魯名義の手形について手形取得者からその真否について問い合せがあればこれを調査して回答する等の事務を担当していたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。
同訴外人の職務が以上のとおりである以上、同訴外人が本件担保手形に被告日魯名義の裏書を偽造し、ついで原告からの右裏書真否の問い合せに対して虚偽の回答をし、さらに偽造印鑑による印鑑届書を交付した前記一連の不法行為は、同訴外人が被告日魯の事業の執行についてしたものと判断するのが相当であるから被告日魯は同訴外人の使用者として、同訴外人が原告に加えた前記損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。
三、よって進んで被告の抗弁について判断する。
(一) 被告日魯は、訴外中村の選任及び事業の監督につき、相当の注意をしたものであり、又相当の注意をなすも損害が生ずべかりしときに該当すると主張するところ、<証拠>によれば、同訴外人は、昭和一八年四月、被告日魯に入社以来二十余年の間実直に勤務し、不詳事を起こしたことがなかったので、被告日魯は同訴外人の人物、経験を検討したうえ、昭和三九年一月、同訴外人を被告日魯大阪支店総務課長に任命したこと、同訴外人が訴外木島と共謀して同被告大阪支社社屋外において本件裏書を偽造したことが認められるけれども、他面において、前掲各証拠を総合すると、同訴外人が訴外木島と共謀して昭和三九年七月頃から昭和四一年六月頃までの間において約一一九回に亘り額面総額約三億二千万円に上る手形に反復して被告日魯名義の裏書を偽造していたことを気付かず、漸く同月二〇日頃に至り、同訴外人の偽造事実の一部が発覚した際にも、被告日魯の取引先の銀行に照会しただけで漫然と前記訴外人両名の言を信じ、僅かに四通の偽造裏書手形を突き止めたに過ぎず、また、同訴外人を総務課長から免ずることもなく、単に叱責程度にしてすませたため、未発覚偽造裏書手形の発覚をおそれたことなどが理由となって、その後、間もなく同訴外人が訴外木島と共謀して同年九月一九日頃から同年一〇月頃までの間に約束手形合計約二九通額面合計約金八、三〇〇万円に上る被告日魯名義の裏書を偽造するに至ったが、本件担保手形がこの内の一通であること、以上のほか、同訴外人が昭和三八年三月頃から同四一年一〇月頃までの間に約六五回に亘り、被告日魯所有の金員合計約金三千万円を着服横領していることが認められるところであって、右事実を勘案すれば、被告日魯は未だ同訴外人の業務執行に対する監督について相当の注意をなしたものとは到底認められないし、また相当の注意をなすも損害を生ずべかりしときに該当するものといえないから右主張も理由がない。
(二) 次に、過失相殺の主張について判断する。被告日魯は、本件担保手形の表面には保証手形なる文言の記載があり、原告においてはかかる記載があるのであるから更に慎重に本件裏書の真否について調査すべきであるにかかわらずこれを尽くさなかった点に過失があると主張するが、前示認定事実によれば、原告には被告主張のような過失があったとは認められないから、右主張もまた採用することはできない。
第三、以上の理由により、原告の被告吉田工務店に対する第一次的請求を正当として認容し、被告日魯に対する第一次的請求を棄却し、同被告に対する予備的請求は、前記損害金一、五〇〇万円と右損害の発生が確定した本件担保手形満期日の翌日である昭和四二年四月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、これを超える部分は失当として棄却する。<以下省略>。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 内園盛久 住田金夫)
<以下省略>